粒子と観測と認知と認識の七夕

夏は暑いねぇ。暑い夜には思考実験だよね。
すごくどうでもいいエントリーをそれっぽく適当に書くよ。

テーマはこれ! 光は波なのか、粒子なのか?で有名な光量子?

動画はちょっとあれだけど、観測したら結果が変わったとか不思議だよねー。
ここらへんは別に多くの研究者がそれなりの答えをだしていると思うので理論的なところは、すっ飛ばして俺の好きなとんでも仮説にでもいこうと思うんだ。


電子は原子核の周りを回ってるよね。この回っている電子をなんと人類は正しく観測することができない!
もしすげぇ高速にシャッターが切れるカメラがあって、ある瞬間の電子の位置を正しく捉えたとしても、今度はそれがどれくらいの速度で飛んでいるのかがわからない。逆にどれくらいの速度で飛んでいるかを観測すると今度は現在の正確な位置がわからない。これらを同時に知るすべはない。つまり、連立方程式でいうところのx,yという不明な値があるのに、どちらか一方しか知ることができないわけさ。
だから、それらを確率的にシュレーディンガー波動方程式とかで存在確率密度を求めて、電子の混成軌道とか電子がそこにある確率を雲のような形でしか推測することができないというわけさ。


でね、もしもこれらの2つ以上の不明なパラメーターがある確率密度でしかいえない現実を正しく観測できる次元があったらどうなるだろうか?
我々は3次元生物で、時間というを観測して4次元までをなんとかかんとか観測するが、未来にむかっているのに過去しか観測できないという不自由な状態だ。
しかし、時間軸を自由にいききできる4次元生物なるものがもしいたらこの確率密度でしか言えない電子の位置と方向を正しく観測することができるだろう。(イメージしやすいように生物ってしとくよ。)
ただ、この4次元生物にも3次元の観測までが限界。でも、もっときっとその上の次元があるよね?
思考や思念が一様に観測できる次元があってもいいとおもうし、さらには、その思考や思念を過去現在未来を自由に行き来できる次元があってもいいと思う。なんせ宇宙は折りたたまれた11次元まであるっていう話しだ。それがどんなものかは想像もできないけどね。

認識の空間、思考の空間、思念の空間そういうものを自由に観測できる次元があってもいいんじゃねぇのと思う。思考の次元において自由に移動できる統合思念体でもなんでもいいけど、そんな存在であれば、思考や認識がどこから発生したのか他も彼も区別はしまい。


それが低次元で生きている我々に干渉するかどうかは別として、人間が想像しうる範囲のものなど現実よりは奇ッ怪な振る舞いをするものだ。電子の振る舞いを観測すれば結果に影響がでたり、ある思考がなされれば場の共有知として思考が共有されたりする別次元があってもいいよね。
そう考えるとお化けも幽霊も神様とか悪魔とか別になんだってありさ。全知な次元もあるだろうが低次元からは観測しようがないし、高次元からは干渉しようがない。我々が2次元をいくら鑑賞しても実際の干渉とは違うよね。・・・。俺いまうまいこといった!ね?ね??



その、つまり、じゃあ…どういう事なのかと言うと、商店街のおっちゃん達の話しを聞いたあとだと、まったく関係ないぶっとんだ話しをかきなぐりたくなる感じで皆様に七夕のもやもやをお届けしたくなったのでした。ちゃんちゃん。
・・・読み返したけど、結構いってしまっているエントリーだね。まあいいや。
だってさー、七夕とかいって織姫と彦星は15光年も離れてるのに会えるのが一年に一回とか、4次元ワープ航法でもないと切ないじゃない?



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オーシャンまなぶの↑が面白かったのでなんとなく覚えてた。



思考実験の面白さは異常 世界五分前仮説←これが一番 シュレーディンガーの猫はカス
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