その時日本はどうなったか

とある独身女性が、さみしくて家に出る蜘蛛に名前をつけてるとか言い出した。
さらに投資目的で不動産物件を買ったらしくて、13面テンパイからツモったかなとか一瞬おもったけど、きっときのせい。
これもたぶん気のせいなんだけど、どっかの国で郵貯限度額を倍にひきあげて国債引受先をつくるとか、子供がいればお金くばるだとかそういうことになってるらしい。なんかもう綺麗な花火がうちあがろうとしているようにも見えなくもないけどきっと気のせい。


そんなわけで、資産は海外に逃がしたほうがいいとか、不動産はどうだとか、借地権はどうだとか、貸借権はどうだとか、あーじゃね、こーじゃねという話しを聞くようになったんだけど、これから何がおきるかなんて起きてみなきゃわからねぇし、別に構えていたからといってどうにかなるものでもない。
天地杞憂とはまさにことなのだけど、地震を知っている人と地震すら知らないのでは根本で次元が違う。
ここでいう地震に相当するものが過去におきたことを存外知らない人が多いみたいなので、そのとき日本はどうなったかというのを知ってる範囲で書いてみようかなと思った。どうなるかじゃなくて、「どーなった」かのほう。
祖父やそこらへんの爺様がたから聞いたお話しなので、史実的な正確性には欠けるかもしれないが世間的一般でどうだったのかよりも生きた体験談の方が学ぶものがあるよね。

戦争前後のお話。

不動産

曽祖父の時代(明治)の頃までは土地はお金で取引されるようなものではなかったので、資産価値が殆どなく、資産を持っているひとはウワモノに投資をしたそうだ。
長屋や借家をどれだけ多くもつかが重要だったそうだ。
そのような物件を100を越える数を持ってても東京は戦争という特殊事情で焼け野原になった。
故意ともいわれているが役所に火を放たれ地権者はだれだかわからないまま実行支配により土地も権利があやふやになった。
実際に耕している人や、住んでいる人のものとなり、このときに賃借権などの借り手の権利が世界でも異例の強さを誇るようになった。
みんなが一斉に貧乏になったので、当時はゴミみたいな安い値段でやりとりされた土地が青天井になった。
都市部の土地の高騰などというのは戦後のことにすぎない。価値の転換というのは歴史的にみても結構あることだ。


こっから先は個人的な考え。
日本の土地が物価と比較して高いことに対して様々な理由付けがされるけども、合理的な評価などなくメンタル的なものでしかないと思う。
平安時代から続いているような名家は別にして、たかだか5〜60年のお話しなんで、これもそのうち落ち着くだろうと個人的には思っている。
世代間継承はないんじゃないかな。
あと、世間の流れをかなり読むことができるので地価公示価格ぐらいはみておいたほうがいいとおもったよ。
http://www.metro.tokyo.jp/INET/CHOUSA/2009/03/60j3p200.htm

現金

戦後には預金封鎖がおこなわれ、デノミが行われた。
方法としては現金に貼る切手が配給されたときいている。
毎月500円分だかの切手が配られその切手を貼らないお金は何億円持っていようと無価値になったそうだ。
規模は違えど他の国をみても預金封鎖、新札の発行+旧札の流通禁止というのはよくある。
旧札を交換するときに、制限かける手。このほうが混乱が少ない。
先日北朝鮮でおこなわれたデノミは銀行に預けていた場合は1/10だかで保護率がよかったらしい。
市民は1/100だったので、一気に100倍か。
北朝鮮で銀行に預けている人などは政府の息のかかった人だけなので、つまりはそういう保護がなされた。
たんす預金が狙い打ちされたわけですね。

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預金封鎖とか、そこらへん、なにわ金融とかに面白おかしく書いてあったきがする。気のせいかもしれない。


国債

戦時中これは文字通り紙くずになった。
国債を紙くずにしてしまった人は多く、またそれを取って置いている人もおおいので、なんでも鑑定団でも値段がつかないレベルだ。
戦争直前はその日に買ったものを夕方に売るだけで普通に働く以上の収入になったそうだ。
並ぶのに一日掛かったそうなんだけど、それだけで日当以上が稼げたのでうちの祖父は曽祖父に借金をしてまで買ってたそうだが…。
紙くずになりましたー!

借金

デフォルトするついでに個人同士とかの借金もチャラになればいいのだけど、それはそれこれはこれだ。
どこかの会社が倒産したところでこちらの支払いが消えるわけでもない。
だれかが、自己破産したところで自分の借金までチャラになるわけでもない。
国がデフォルトしたときには現金も国債も紙くずになったのに借金は残ったそうだ。
当時はみんな大変だったんだよね。きっと。

金とか

かねじゃなくて「きん」のほうね。こういう現物ものはどうなんだろうね。
戦前うちは金とかを扱ってたので戦後GHQに乗り込まれたって聞いたな。
戦中は戦後は泥棒だらけだったらしいし。
切り株をふろしきで包んでおいたら、切り株持ってたとか( ´,_ゝ`)
さぞ重たかっただろう…。

株券

じっさま曰く、兜町はすぐそこにあったそうなので若いときに株というものを買いにいってみたそうなのだが、庶民が買えるようなものではなかったとかで諦めたそうだ。国債のほうがまだ額が小さかったのでまだ若かったじーさまにも買えたとか。
勤めている会社とかの株を持っているのが一般的だったのかな。
会社の存続率はいまよりも悪そうなので、残ってればビックヒットなんだろうけど、そんなの環境激変期に狙うのは困難だ。


現代のお話

こないだの強風で吹き飛んだ屋根を治すお金ねもない氷河期世代なので資産の心配はしていないのだけど、お金もってるひとはあれこれ心配みたいね。
どうしたらいいとか言われても、俺にあずければ紅茶に替えてあげるよとしかいえないわ。
ちゃんとした処置をしているひとは、現段階においていまさらやれることもないとおもう。
なにしたらいいのかわからないぐらいの人は心配はしないほうがいいと思う。なるようになるでしょ。
どんなにお金があっても資産があっても腹がへったら何もできないので、あまり気にしてもしゃーない。


戦後、財閥とかは解体されたけど、結局現代は現代の財閥ができてるし、結局何番煎じかわからないけど、次の権力を握った人にとって、前時代の大物の首をとって庶民にアピールするのは勝どきなんだろうね。目くらましともいう。現代にそれが通じるかはわからないけど、不満ぐらいはそらせそうだ。

近代は国家の理論を超えたところにマーケットと情報というものがあるので、これもいまではどう機能するか皆目わからないね。
未知の世界だ。
ひとついえるのは、昔はあれこれゴミになっちゃったみたいよ。
でも人との縁とかゴミにならなかったものもあるので、そういうのは大切にね。
なんちって。